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介護士になるまで。興味もなかった介護の仕事を始めた理由

介護関係

 

別の記事でも少し書いていますが、私は以前、介護士として働いていました。

ただ、最初から介護士になりたかったわけではありません。

むしろ、介護士という仕事に興味すらありませんでした。

バイトを転々としたあと、私が初めて就職したのは建築会社でした。

そこがまあ……スーパーブラック。

いや、もう漆黒です。

当時の日当は5,000円。

朝7時前から出勤して、17時……というより、仕事が終わるまで。

今思い返しても、よくやっていたなと思います。

この建築会社時代の話は、それだけでかなり長くなりそうなので、また別の記事で書きたいと思います。

今回は、そんな私がどうして介護士になったのか、そして実際に働いてみてどうだったのかを書いていきます。


介護士になった理由

建築会社で働いている頃、初めて「耳鳴り」や「頭痛」といった症状が出るようになりました。

当時は、今ほど「ストレスが身体に与える影響」についての知識もなく、ひたすら我慢していました。

まあ、私自身も若かったので、

「まだ若いんだから大丈夫だろ」

と、どこかで自分の身体を舐めていた部分もあったと思います。

ところが、体調は日に日に悪くなっていきました。

最終的にはどうしても無理になり、建築会社を退職。

そのとき、友人から紹介してもらったのが、とある病院でした。

そして、そこで介護士として働くことになります。

……と言っても、

「介護士になりたい!」

と思って就職したわけではありません。

収入と福利厚生。

ほぼ、この2つで決めました。

当時の私は、介護士がどんな仕事なのかも、それほど詳しく知りませんでした。

まさか、この仕事がその後の人生に大きく影響するとは、このときは思ってもいませんでした。

実際に介護士として働いてみて

介護士として働き始めて、最初にぶつかった壁。

それが、

排泄と入浴です。

特に排泄介助。

これはもう、慣れるしかありません。

慣れるまで吐きそう。

いや、慣れてからも吐きそうでした(笑)。

やっぱり臭いだけは、どうしても慣れません。

それでも人間というのは不思議なもので、毎日やっていると少しずつ適応していきます。

私は「苦手だからこそ、早く慣れよう」と考えて、あえて排泄介助を積極的に担当するようにしました。

結果的に、排泄介助そのものには比較的早く慣れることができました。

ただ、次に困ったのが、

「どう対応すればいいのか分からない」

という問題でした。

当時、私が勤務していた病棟には40~50人ほどの患者さんがいました。

その中で、普通に会話が成立する方は本当に数名。

単語レベルなら答えてくれる方もいましたが、基本的にはこちらの言葉がそのまま通じるわけではありません。

「どう声をかければいいのか」

「どうすれば安心してもらえるのか」

「今、この人は何を考えているのか」

分からないことだらけでした。

今思えば、患者さんの意思を十分にくみ取れないまま、一方的な介護になっていた場面もあったと思います。

それでも、私は周囲の人にかなり恵まれていました。

医師、看護師、介護士、リハビリスタッフ。

みんな優しく、面白く、そして仕事に対して熱心な人たちでした。

もちろん、どこの職場にも「ちょっと変わった人」はいます(笑)。

でも、それ以上に私の介護士としてのベースを作ってくれた人たちがたくさんいました。

その人たちには今でも感謝しています。

職場を離れてからかなり時間が経ち、会う頻度は減りましたが、今でも交流が続いている人もいます。

患者さんとの関わり

当時の職場は、老人や認知症の方が大半でした。

先ほども書いたように、会話が難しい方も多くいました。

そして、介護士として働いていると、

「普通なら、そんなことしないよな」

と思ってしまうような行動に遭遇することもあります。

急に怒ったり、突然笑ったり。

排泄物を触ってしまったり、食べられないものを口に入れてしまったり。

椅子から何度もずり落ちたり、頻繁に立ち上がったり。

本当にさまざまです。

当時の私は、まだ知識も経験も十分ではありませんでした。

頭では「認知症だから」と理解しようとしていても、感情が追いつかず、イライラしてしまうこともありました。

それも正直に言っておきたいと思います。

「理解しているつもり」と「実際に対応できる」は、まったく別のことでした。

そんな中でも、患者さんたちから教えてもらったことは本当に多かったです。

そして面白いのが、同じ人でも日によって、時間帯によって反応が全然違うこと。

朝はほとんど喋らないのに、夜になると普通のおじさんのように話し始める人もいました。

「今日は機嫌がいいな」

「今日は全然喋らないな」

そんなことも日常でした。

一人ひとりに、それまで生きてきた人生があります。

介護の仕事をしていると、その人の人生の一部分に直接触れることがあります。

それは私にとって、とても貴重な経験でした。

介護士の勤務形態

私が働いていたところでは、当時は5交代くらいに分かれて勤務していたと思います。

介護士の基本的な仕事は、食事・排泄・入浴介助。

それ以外にも、洗い物やおしぼりなどの物品補充といった雑務があります。

さらに、各係や委員会などもあり、その都度参加していました。

そして介護の仕事といえば、やっぱり夜勤。

私のところでは、

16時から翌朝9時まで。

途中に1~2時間程度の休憩がありました。

……と言っても、毎回きっちり休めるわけではありません。

休める日もあれば、ほとんど休めない日もあります。

夜勤は2人体制でした。

不眠の患者さんへの対応や、排泄介助などが重なると、当然休憩どころではありません。

なぜなら、ほとんどの患者さんに転倒するリスクがあったからです。

夜中に何度も立ち上がる方もいます。

「ちょっと休憩してきます」

と言っている場合ではありません。

夜勤は体力的にも精神的にも大変でした。

当時の介護士の収入

当時は、今のような処遇改善加算などもなく、介護士の賃金はかなり低かったと思います。

それでも、転職前の建築会社に比べればかなりマシでした。

仕事を一通りこなせるようになると夜勤に入るようになります。

夜勤には別途手当が付いたので、私は基本的に夜勤を多く希望していました。

多い月には、ほぼすべて夜勤。

月9~10回くらい夜勤に入っていたと思います。

それでも、

手取り15万円程度。

年に2回、賞与もありましたが、1回15万円程度だったと記憶しています。

今振り返ると、

「よくその金額で夜勤をあんなにやっていたな」

と思います。

ただ、当時の私はそれが普通だと思っていました。

これからのことを考えるようになった

最初に介護士として働いた職場には、5年ほど勤務しました。

その間、昇給はほとんどありません。

夜勤の回数によって収入が変わるので、手取りは多くても15万円ほど。

少ない月なら13万円程度。

生活を考えると、なかなか厳しい状況でした。

そんな中、同世代の中には看護学校へ進学する人もいました。

そこで私も、

「看護学校に行ってみようかな」

と考えるようになります。

……とはいえ、

「看護師になりたい!」という強い気持ちはありません。

「特になりたいわけじゃないけど、看護学校行くか~」

くらいの感覚でした。

ただ、当時一緒に働いていた看護師さんたちの多くは、

「やめとけ(笑)」

と言っていました。

それくらい、看護師さんたちも疲弊していたのだと思います。

もちろん、私が本気で進学を考えていると分かると、応援してくれる方もたくさんいました。

そんな中で、私は別の職種に興味を持つことになります。

リハビリ職という仕事を知る

病院で介護士として働いていると、本当にいろいろな職種の人と出会います。

医師、看護師、リハビリスタッフ、栄養士、社会福祉士、事務、設備関係など。

その中でも、日常的に一番近い存在だったのが看護師でした。

そのため、自然と「看護師」という仕事を進路として考えるようになっていました。

そんな私がリハビリ職という仕事を知るきっかけになったのが、ある作業療法士の方でした。

私が就職した翌年、その方が病院に入職し、私の病棟に配属されました。

私より少し年上です。

人柄も良く、仕事に対する姿勢も尊敬できるところが多く、すぐに親しくなりました。

仕事のことだけではなく、いろいろな相談をするようになりました。

そこで初めて、

「リハビリの仕事って、こういうものなんだ」

と知ることになります。

そして、その方との出会いが、その後の私の人生を大きく変えていくことになります。

このあたりの話は、また別の記事で詳しく書きたいと思います。


まとめ|興味のなかった介護が人生を変えた

異業種から、ほとんど興味のなかった医療・福祉業界へ。

そして、介護士として働くことになりました。

最初は、

「収入と福利厚生が良さそうだから」

という理由で選んだ仕事です。

まさか、その仕事を5年も続けることになるとは思っていませんでした。

もちろん、楽な仕事ではありません。

体力的に厳しいこともたくさんありました。

若さと体力だけで乗り切っていた時期もあり、何度かぎっくり腰になって動けなくなったこともあります。

専門性が高い仕事だからこそ、自分の経験や知識を基準に考えてしまい、人の話を聞かない職員も一部にはいました。

患者さんも家族も、本当にいろいろな人がいます。

正直、

「大変だったな」

と思うこともたくさんあります。

それでも、介護士として働いた5年間は、私にとって決して無駄ではありませんでした。

むしろ、自分の価値観を大きく変えてくれた5年間だったと思います。

いろいろな人と出会い、いろいろな人生に触れ、仕事を通して人間について考える。

そして、後に人生の宝物になるような人たちとも出会うことができました。

最初は興味すらなかった介護の仕事。

それでも、実際に飛び込んでみたことで、自分が知らなかった世界をたくさん見ることができました。

そして、この介護の経験があったからこそ、その後の私の進路も変わっていきます。

「介護士になるつもりなんてなかった私が、なぜリハビリの道へ進むことになったのか。」

次は、そこについて書いてみたいと思います。

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